2019年3月11日月曜日

ブログ休止のお知らせ

諸事情により、本日より当ブログの更新を無期限で休止いたします。

更新を楽しみにして下さっている閲覧者さまには申し訳ありません。私も探索したい所がまだ沢山あるので、いつか復帰したいと思います。その時は、また当ブログを訪問して頂けると幸いですm(_ _)m

2019年2月15日金曜日

松沢炭鉱

仕事が忙しく、久々のブログ更新、無事に生きております(^_^)ゞ

前回の投稿は昨年の探索分なので、今回の投稿が今年初のまともな探索になります(軽探索や坑口捜索は常にやってます)。

と、いうわけで昨日は新宮市熊野川町へ。「妙法鉱山はどうしたッ!?」と言われそうですが、たまには他所の山で息抜きです。

きっかけは、ヤフオクで[松沢炭鉱の無煙炭]なる物を見て、そういえば古い新聞にも[松沢炭鉱 優良鉱員を表彰]とか書いてあったのを思い出して、有名な所なのかな?と思ったことから。

行く前にネットで調べたけど、いまいち現地の写真が見付けられなかったので、レポするべし!とも。

やって参りました松沢炭鉱跡地に通ずる谷、この山奥に…と思ったら、ここがすでに炭鉱跡地らしいです。

 奥の坂を登って、右手に…

 古そうな建物が。たぶんこれは…

 ちょうど地元の人が階段の清掃をされていたので、色々お話を聞けました(*^o^*)
予想通り、炭鉱寮だった建物だそうです。

ちなみに、ここより右奥は私有地で、住んでいる人もいらっしゃるので、この記事を参考に訪問する人はご注意下さい。

ついでに坑口の場所を聞いてみることに。山奥にあると思っていましたが…

!!!…∑(OωO; )
炭鉱寮の左下、目の前にありました(汗)
最短通勤距離、坑口まで徒歩20秒。

 近付いてみます。小さいですが、しっかりした坑門ですね。手前には木の枝がいっぱい積まれています。

 下の方に隙間あり!レールが1本だけ落ちていました。そして水が流れています。これは行くしかない(*´▽`*)

 先にカメラだけ入れて見る。奥に続いてそうかも。

 と、思って入ってみたら、5mくらいで崩落閉塞してました。探索者をがっかりさせる新手のパターンil||li (OдO`) il||li
元々左右の石積みの上に丸太を渡して支保にしていたような跡が残っていました。

 最初の坑口から出て、階段を登って寮を上から見る。よーく見ると屋根が歪んでいて、長くは持ちそうにないですね。雪が積もる地域だったら潰れてそうです。

 中に入ってみる。四畳半くらいの部屋がたくさんあって、片方の部屋には階段も付いてますが、とても登れる状態では無かったです。

ここだけ見ると綺麗ですが、突き当たりの食堂跡はすでに天井の崩壊が始まっています。

 部屋の一つ。こういう当時の建物が残っているのは、和歌山南部では珍しいので貴重です。

閉山から60年近く経つと思いますが、崩壊してる所以外は荒らされた跡もなく、壁に貼られたカレンダーとか、廊下の傘置き場と傘とか、当時の暮らしのほんの一部が静かに残っています。

これから訪れる人も、大事にしてくれることを祈ります。

地元の人に教えてもらった寮の上の道を行く。ここをずっと行った所にも坑口があるとのことです。

 地面にも斜面にも、そこら中に石炭が。しかし、落ちてるのは低質炭、あまり火が長く持たない物だそうです。確かにツヤが無くて軽くてサクサクしてます。

 道ゆく途中、石垣もちらほら。操業当時は山中にも複数の住宅があったとか。

 しばらく歩いて、広場に出ました。石炭と数本のレールが落ちています。

 坑口発見!(*^o^*)

 開口部の高さ1,2mくらい、小さいですが坑門は立派です。操業時は背をかがめて、まっ黒になってトロッコを押してたそうです。

 中はすぐで閉塞。この奥の山側も大崩落で、恐らく隙間も希望もなしと思われますが、今回はしっかり調べていないです。

 すぐ近くでレールが残っている所がありました。山側に向かって延びているので、恐らく坑口跡では無いかと。坑口は全部で4つあったと聞きました。

 軌間508mm…かな?

既知の最小レールは6kgレール(1mあたりの重さが約6kgということ)ですが、ここでも他所でも、一部でそれより更に小さいレールが見付かっています。何ていうんだろう?

最初の谷へ戻って来ました。この小さな谷に、昔はたくさん人が住んでいて、閉山時には大きな労働争議もあったそうです。

ヤマの数だけドラマあり。細かく調べたら奥が深そうですが、今は妙法鉱山に集中してるので、いつか取り組めたらいいな、と。

今回の探索はここまで(^_^)/

2019年1月12日土曜日

那智勝浦町某所の廃鉱山

お久しぶりの入坑記事、場所は那智勝浦町の某所です。
知ってる人は知ってる場所で、他のサイトやブログにも載ってる場所ですが、中の様子はネット上にアップされていないようなので、すかさず投稿!するわけです。

 坑口前の様子。この地区はまだ探索が終わっていない坑道があるので、地区名は今は秘密です(≧∇≦)b

坑口は石積みで閉塞されかけていますが、上の隙間が大きいので簡単に入れます(よい子とよい大人の皆さんは真似しちゃダメ!)。

石積みのすぐ内側に石が散乱してるので、元は天井までしっかり閉塞されていたと思われます。数年前から今の状態だったはずなので、昔誰かが崩したっぽい。

 入って正面を。ぱっと見、正面が崩落してるように見えますが、右に奥行きがある気がします。

 正面左は崩落、というか埋まってますね。

 そして右、やはり!続いていた(*^o^*)

 壁に残るプレート。

7mくらい進んだ所の右下に、脈に沿って掘った跡。ライトで照らすと下の方に、銅が綺麗ににじみ出ている所が見えたのですが、その下の状況が分からないので降りませんでした。

この坑道の下にも別の坑道があるので、繋がっていると思われます。

 15mくらい進んだ所で、突き当たりが崩落に見えましたが、こういうのは必ず近寄って確認すべし…

 やっぱり隙間がありました!(*^o^*)
ここの支保工、木の曲がりをそのままに利用してあります。初めて見たかも。

 支保工をくぐって上を見る。けっこう上まで抜け落ちています。元の天盤の上にだいぶ粘土層が隠れていたみたいです。

普通の岩がだいたい茶色~黄色になっているのに対して、粘土層は明らかに灰色です。手でもむとポロポロほぐれるくらい柔らかいです。

 崩落地点の突き当たりにはまた隙間が。しかしかなり狭い上に、上はほとんど粘土です。万が一、通過中に崩れたら身動き取れなくなります(;・д・)

絶対に粘土に触らないように、腹ばいで降りて行きます。

 無事通過して、振り返った所。左奥が通って来た隙間。ここも脈に沿って上へ掘った跡が残っています。

 で、正面ですが…今度は隙間の無い崩落で行き止まりでした。

行き止まりの手前左には小さい横穴が。80cmくらいで行き止まり、狸堀にしても狭すぎる謎の穴でした。鉄の枠みたいなのがはまっていますが使途不明。

坑口からここまでおよそ35mくらいかと。今回の探索はここまで(^_^)/

2018年12月22日土曜日

合同探索:古座川町池野山

先日の合同探索の様子を投稿します。場所は古座川町池野山、案内して下さったのは「南紀の山のどこかで」の管理人さん(以下、南紀の人)です。毎度お世話になっております(^o^)ゞ

古座川町にもたくさん鉱山があるというのは以前より聞いている事ですが、那智勝浦町に全力を集中しているやまたんにとっては未知のエリアです(汗)

早速現地着、高性能な電子機器を装備するハイテクエクスプローラーである南紀の人に先導してもらいます。さすが進行が早い早い!

やまたんは予算の都合上、未だに紙と方位磁石と分度器と鉛筆です。位置を割り出す装備に関しては、恐らく25年分くらい遅れています…が、最近シャーペン使ってます(^o^)/(爆)

と、いうことですぐに坑口に到着!
文章だと簡単に来れたように見えますが、実際はすごい急斜面を降りて来てます。

草付きが無く所々に岩が露出した、礫(れき)が浅く被っただけの急斜面。土の斜面と違って踏ん張りが効かないので、落ちたら止まらない&大けが確定です((((;゜Д゜))))

坑口脇に落ちていた取っ手。

坑口。坑口前もただの急斜面、谷底からもまだ結構高さがあります。なので、うまく写真が撮れません。なんでこんな場所に掘った?(^o^;)

南紀の人の調査によれば、先の大戦中に掘られた物だとか。こんな奥地に堀りに来るくらい資源を求めていたということでしょうか。

あまり写真撮ってないですが、坑内の様子。細い木材が狭い間隔で敷いてありますが、枕木にしては細い&丸いです。

南紀の人とも議論しましたが、やまたん的には木馬道みたいにソリか何かでズリや鉱石を運んでいた跡ではないかという見解に。
勾配も曲線も軌道を敷ける程度のものですが、幅が狭いのと分岐点が直角であること、レールや鉱車を運び込むには地形が急峻すぎること、からです。

すぐに行き止まりの分岐にあった、坑内唯一の鉄製品の残骸。薄い鉄板でぺしゃんこになっています。動かすと崩壊する為、詳しく調べられず。他にはビンが一本落ちていました。

多少蛇行しつつ直進して、最奥部の行き止まりを確認する南紀の人。途中に掘り上がり(上向きの竪坑)があり、ごくわずかに脈がありました。ここまで多分60m前後かと。

南紀の人も言っていましたが、そんなに多くの鉱石を産出したわけではなさそうです。

出坑して帰り道、やっぱり急斜面を。写真の通り斜度は45°以上あります、ってかほぼ壁です…もうやめてくだち(T_T)

斜面を登り終わって、前回の合同探索では南紀の人が「勝浦港に揚がったマグロ」状態になっていたのですが、今回はなっていない!きっと鍛えてきたに違いない!絶対間違いないッ!((((;゜Д゜))))

一方のやまたんはヘロヘロ、頭貧血状態でふらふら(汗)

と、その時、南紀の人がくれたのが…

回復薬!HPを3000回復できると書いてあります(書いてない)。ありがたや~(*^o^*)

なぜ毎回急斜面に誘い込まれるのか謎ですが、たぶん古座川町は急斜面の町だと解釈することに。この後、那智勝浦町高津気を合同探索して新坑口を発見、無事に帰還しました。

2018年12月12日水曜日

妙法鉱山貝岐坑の捜索

昨日は那智勝浦町、妙法鉱山の貝岐坑の坑口捜索に行ってきました。

 妙法山を上がっていく途中で、いつも通り過ぎるだけで実はゆっくり見たことの無い選鉱場跡の写真を撮ってみました。もちろん外から見るだけ、先を急ぎます。

本来の接近路は工事の関係で使えないので、今回は西山地区を経由して坑口推定位置を目指します。当然、尾根をいくつか越える必要があるので遠回りです。

 西山地区の奥地にある仮称「64R」地点。ここも鉱山跡地です。
石垣が複数あって、周辺には江戸時代っぽい旧坑(間歩穴)から新しそうな試掘坑まで複数の坑道がありますが、まだしっかり探索していない場所なので謎が多いです。

旧坑らしき物のひとつ。ほとんど埋まりかけていますが、冷気が吹き出して来ます。

 カメラだけ入れて撮影。入ってみたいけど、今回は別目的なのでパス。

 かなり登って、そこそこ歩いて、最後の下りに。そもそもなぜこんな奥地へ来ているのかと言うと、以前捜索して坑口崩落と判定した西山坑に今回捜索の貝岐坑が接続しているはずで、そこから回り込んで西山坑に入坑出来ないかと考えた為です。要するに西山坑への執念です(金山坑もまだ諦めていないです)。

斜面を下っていく途中で…これは坑廃水みたいな色!坑口は近いかも(^o^)

 そして谷でズリ山発見!!(*^o^*)

 機械堀の大きいズリも混じっています。

ズリ山のふもとには鉄筋が残るコンクリ破片。

 ズリ山の上の方にも大きなコンクリ塊。何に使われていた物だろう?

 そしてズリ山の対岸には…

坑口発見!!(≧∇≦)b

しかし、この坑口はズリ山と繋がっていないので、最初はズリ山の上の方とか下の方も探しましたが、他に坑口は発見出来ず。恐らく7年前の大水害で谷に沿って坑口前のズリ山だけ流されたのでは無いかという結論に。

 ズリが全く無い一枚岩の谷底の沢を渡って坑口前へ。コンクリで閉塞されていた跡が残っています。
人の手による破壊か、それとも自然の力か?こんな奥地へ来る人もいないだろうし、自然の力かと。よく見ると内側から突き破られたような形になっています。

ライトONでさっそく中の様子を、ってあれ?すぐの所で崩落してるし…(-ω-;)
床にも泥が積もって天井低くなってるし。
ズリの量からして恐らくこれが貝岐坑の坑口だと思われますが、残念な結果に。

このあと下流の旧坑に入ったりしてから帰りました。今回はここまでm(_ _)m